私は、 すべてを、 破壊する
そう言われ そう使命を帯び、 そう感じていた
だから、壊れた 矛盾した 尖兵と思いこんだ主と共に
一人の少年が泣いていた。 幼い幼い、少年だ。小高い丘の上、しんしんと降る雪の中、傍らに両足のない、気絶した美女を守るように立っていた。 眼下には、燃える町。
「おとうさん・・・おとうさん・・・」
一人ぼっちで、泣いていた。 助けてくれた父を思い。 消えてしまった父を思い。 たった一人、雪の中で泣いていた。 その手には、少年の小さな身体には不釣合いな、巨大な杖が抱えられている。それはかの英雄が、会ったこともない息子に唯一送った"魔法使い"の杖だった。 そこには、人の温もりがあったためしはなかった。
「おとうさん・・・」
【おとうさん・・・? それは、どういう意味でしょう?】
不意に、声が聞こえた。女性の声だ。 少年は不思議そうに辺りを見回す。 だが、誰もいない。背後に振り向いても、姉が倒れているだけだ。彼女ではない。 もう一度辺りを見回して、手の中の杖に、何かを感じた。 慌てて巨大な杖の柄を見下ろす。
「・・・もしかして、つえがしゃべっているの?」
【その質問にはお答えできません。状況証拠が足りません。それよりも、"おとうさん"の意味の回答を・・・】
静かな声だった。 まるで人という意思を感じさせぬ、冷たい響きを持っていた。 そしてその声の質問に、少年は答えようとした。だが、その前に気になることがあった。
「あなたは、だれ?」
【・・・データの破損により不明。ですが、私はANUBISと呼ばれていました。あなたの名前を御教えください】
「・・・ネギ、ネギ・スプリングフィールド」
それは、惨劇起きしウェールズのとある丘の上。 破壊しか知らなかった"意思"と、偉大なる父への憧れを持った少年が出会った。 物語が、始まる。
NEGIMA ZONE OF THE ENDERS
「ネギが日本の学校で教師をする?! どうしてですか?!」
怒鳴り声を上げるネカネとアーニャに、白い髭を蓄えた老人と、件の少年は後頭部を掻いて困っていた。 一度怒り出すと止まらないことで有名な二人である。こと、大事な弟&幼馴染がそんな年齢不相応なことをやる必要性がまったくない。
【・・・ネカネ、アーニャ。私がネギのサポートを行います。古文、漢文、日本で好まれる服装、正しい女性との付き合い方etcetc・・・】
ネギが背負う杖からの声。 惨劇の日、ネギが死んだはずの父からもらった杖に宿る変な女性。精霊ではなく、独立した意思らしい。 本人(?)曰く『独立型戦闘支援ユニット』と呼ぶらしいが、そんなものが魔法使いの杖にあるのが不可解だ。 しかも、その杖には持ち主であるネギに魔法・科学とは違う力を与えているのだから、研究者は頭を悩ませている。
「「アヌビスは黙ってて!!」」
そして破滅的にネカネ、アーニャは意思――アヌビスのことが嫌いであった。
未確認戦闘快感
「目的はボク・・・?!」
「そう、その通りだよ、坊や」
満月の、桜散る道の中、ネギは杖を構え吸血鬼――エヴァに先手必勝というばかりに仕掛ける。 てっきり見習いのネギは完全な魔法使いタイプだと思っていたエヴァはそのことに一瞬戸惑いながらも、マントから触媒を取り出し己の力を展開する。
「『魔法の射手・連弾・氷の17矢』!!」
虚空に現れた十七の氷柱が加速するネギに襲い掛かる。しかしネギは魔力を己の身体に通し、アヌビスが教えてくれた通りの軌道を潜り、杖を振るう。 まるで槍術を学んでいたかのような自然な動きに、エヴァは知らず知らず笑みを浮べていた。まるで彼のようだから。
「やるじゃないか坊や!」
「何でこんなことをするんですか、エヴァンジェリンさん!!」
叫び、ネギが左手に魔力を集約させる。 本来の彼ならば風・雷の色は青や金色であるはずだが、ネギを取り巻き、その杖から発せられる魔力の色は、血のような赤色だった。 そう、本来ならエヴァと同じ"悪"の側に存在するかのような、怖気のする魔力と――その内側から漏れる不可思議な力。
【サギタ・マギカ照準】
「行けぇ!」
お返しとばかりにネギの手から赤光が無数に走る。それは通常のものとは違い、直線的な軌道を幾重にも描きながらエヴァの周囲から迫っていく。 それをエヴァは障壁で防ぎ、使う必要はないと思っていた己が力の一つ、人形遣いとしてのスキルである糸を辺りの木々に張り巡らす。 まるで意思を持っているかのように、白銀に輝く鋼糸はネギを止めるべく繰り出す。
「避けてみろ、坊や!!」
【ワイヤー接近】 「ッ?!!」
咄嗟に地を蹴り、真横へと飛ぶ。コンマ数秒前までネギがいた位置を無数のワイヤーが切り裂く。エヴァが手加減していることを知らないネギは、あのまま避けなかったらミンチになる自分を想像し、息を呑んだ。 その、一瞬の刹那のような思考が、命取りとなった。
「茶々丸」 「イエス、マスター」
アヌビスに似た無機質な声。反射的に杖を頭上に掲げる。刹那、まるでコンクリートの塊を叩きつけられたかのような衝撃がネギを貫く。
【敵、ガイノイド接近。距離を取ることお勧めします】
「っ、わかった」
魔力で筋力を強化し、上空から襲い掛かった茶々丸を振り払う。鋼鉄の乙女は宙でバランスを整えると、木の幹に"着地"した。 目を見開く。常識的な運動能力ではない、三次元的なバランス感覚を完璧にインプットされた茶々丸だからこそできる超人的な力。
「あまり私の従者を舐めるなよ、先生」
遠くから聞こえるエヴァの声。 瞬間、茶々丸の身体が視界から消えた。 否、消えたように見えるほど速いのだ。
【障壁展開】
「ダメだよ、間に合わな・・・ッッ!!」
冷たい腕が、ネギの小さな身体を吹き飛ばした。
斬! 打! 撃! 掴!
桜咲刹那は自分のクラスの担任を侮っていた――認める。 神楽坂明日菜はネギのことを弱いと思っていた――認める。 カモベールは自分の恩人のことをまだまだ子供だと思っていた――認める。 犬上小太郎は今日出合っガキのことがダメダメだと考えていた――認める。 だが、それらの認識は、今を持って覆された。
「アヌビス、次!」
【バースト、レディ】
縦横無尽の如く迫り来る剣、斧、手刀、気――数え上げればキリがない鬼の大群。 それらを一手に引き受けた一人の少年は宙に舞い上がり、杖に宿るモノが集めてくれた魔力を縮退、物質化するほどまでに固めた力を解き放った。 赤い、飛び散るような血液を撒き散らしながら突き進む光弾は、鬼の軍勢の中央にて着弾――爆発する。 吹き飛ばされる鬼の群れ。無残に引き裂かれていく気で出来た体。 ネギはそれを見ながらも、何の感慨も浮かばなかった。慣れていたから。
【高出力ブレード接近】
『喰ラエ西洋魔術師!!』
背後より迫った鬼の一撃を、左手の杖で受け止めると同時に右掌に篭めた魔力で切り返す。胴体の風穴の開く、一角の鬼。 ゾクリ、と明日菜の背に寒気が走った。 これは、いつも見ている、あの、優しげで、頼りなさげな、少年の姿では、ない。 これでは、まるで・・・
「ハァァッ!」
手ごろな鬼の頭部を掴み、そのまま遠心力に身を任せて投げる。直後に真横の鬼に杖を一閃、豆腐を切り裂くが如く真っ二つになる気の身体。 ネギはさらに加速する。口元に、笑みを浮べながら。
「ラス・テル・マ・スキル・マギステル」
ネギから放出される赤い魔力。それは一種の蜃気楼の如く揺らぎ、味方である刹那ですら身震いするほどに――禍々しく見えた。 両掌に光が集う。赤い、鮮血の色だ。
「『魔法の射手・放出・紅の107矢』!!」
エヴァの時と同じように不規則な軌道を描きながら放たれた赤光。だが、その数は段違いだ。 有象無象の如く跋扈する鬼の一群をその力で強引に消し飛ばし、穿ち――破壊する。
「・・・こんなの、戦いやあらへん」
捕虜のように『魔法の射手』の戒めで縛られる小太郎が、苦虫を噛み潰したように呟く。 同じく敵の策略によって動けないカモも、刹那も、明日菜も、そう思った。 これは戦いなんかではない。 これは
「ただ、殺戮やないか!!」
小太郎の叫びが、明日菜の気持ちの七割を代弁していた。 だが、残りの三割は違う。
「アヌビス、残りの魔力は?!」
【残存魔力60%まで低下、メタトロン結合率30%で安定、戦闘に支障はありません――破壊、できます】
まるで、ネギが、あの杖に操られているみたいに見えた。 違う、そうじゃない。 杖の中の意思が――哀しんでいるように、見えた。
そして 僕等は
「ゴメン、アヌビス・・・ボク、バカだったんだ・・・明日菜さんや、刹那さんにも迷惑をかけちゃったし・・・それに、木乃香さんも救えなかった」
やっと
「バカ、諦めないでよ! いつもみたいに、何とかしてみてよ・・・あんたの夢は、お父さんみたいになりたいって夢は、そんな程度だったの!?」
「っ?!」
空で
「ほう・・・まだ、立ち上がるんだ。こんな絶望的な状況で、しかも高位精神干渉魔法を受けて、尚立とうとする・・・その心意気だけは認めるよ、ネギ・スプリングフィールド」
「キミに、認められる義理なんてない・・・ボクが認めてもらいたいのは・・・ずっと一緒にいてくれた、けどボクのせいで離れ離れになってしまった、たった一つの意思だけだ」
自由に
【ネギ・・・私は、破壊以外のために、力を振るうことができるのでしょうか?】
「これから、そうしよう。ボクの勘違いのせいで、アヌビスを傷つけたから・・・だから、きっとキミの力を、ボクは正しい方向に導いてみせる」
【・・・ネギ、ありがとう】
「初めて」
【えっ?】
「初めて、ありがとうって、言ってくれたね」
なれる
「さぁさぁさぁさぁ、ウチの復讐ももうすぐや! 手始めにあの新入りをブチ殺したるわ! その後で邪魔ばっかしくさったあのガキ共を嬲って剥いで貫いて引き裂いたるわ! アハハハハハハ!!!」
女は哂う。力に見入られ、力に溺れ、力に誘われ、力に操られる。 彼女の眼前には、裸体を薄い布切れ一枚だけで隠された、今にも自身の内から溢れ流れる力に"壊れ"そうな少女。 彼女の横には、神話より甦った、龍脈より送られる膨大なる気で黄金色に身体を輝かせる大鬼神。 そう、まさしく全ての鍵が、全てを終わらせるものが、全てを破壊するための力が、彼女の手元に揃っていた。 邪魔者がもう何人現れようと、止めることなど出来はしない。 故に哂う。 復讐を――その過程における"破壊"を思う存分できるから。
「さぁぁ、あのガキ共は、何処や!?」
「ここですよ」
頭上からの、声。 咄嗟に上を見上げる。だが、そこにあるのは欠けた月と星達だけだ。 いや、自分より上の位置など、空を飛ばない限りありえない。 千草自身、かなり高い高度にいるのは自覚している。リョウメンスクナノカミの頭部とほぼ同じ位置に浮かんでいるのだから当たり前だ。
【どこを見ているのでしょう?】
今度は、違う、女の声。 真横から。 振り返るが、やはり姿は確認できない。 力を、何者にも負けるはずが無い力を手に入れたはずなのに、弱いころの自分が何度も流した、何度も経験した嫌な気配が背筋を通る。
【メタトロン結合率100%】
そして、最後に正面。 いた。 そこには、つい先ほどまで自分を追いかけ、新入りの薄気味悪い少年の魔法で湖中へ沈んだはずの、幼い少年がいた。 だが、これは本当に目の前の少年は数十分前の少年と同じ人物だろうか? ボロボロになっていた西洋魔術師を示すローブの代わりに、まるで三対六枚の翼の如く広がる、不可思議な紅の光を放出し続ける物体。 不釣合いなほど巨大だった杖はさらに伸び、その両先端は薙刀のように赤光の刃が出来上がっている。 そして、少年の身体を、まるで血管のように浮かび上がり走る幾条もの光の筋。 まるで、人間ではない。 千草の内に、人間としての、生物の本能としての何かが告げる。 コレに手を出すな。殺される。殺される前に、殺せ!
「ス、スクナァァァ!!」
赤子の泣き声の如き叫びに、鬼神が咆哮で応える。 そして、主の意思を汲み取って、己の眼前にいる小さき存在に巨大な腕を振り下ろす。
【ゼロシフト、レディ】
刹那、ネギの姿が掻き消えた。 魔力も、気も感じない。光子の腕が無情な様に虚空を裂く。
「・・・なんや、今の」
「・・・ゼロシフト」
背後からの、息さえも掛かるほどの近距離。 反射的に術を展開、いるであろう少年に炎弾による裁きを放つ。
「アヌビスがいうには、メタトロンという特殊な鉱石の特性である空間圧縮により生じたエネルギーを使った、瞬間移動というものらしいです」
再び、ネギが現れる。 スクナの眼前へと、まるで最初からそこにいたと言わんばかりに。
「ボクがいままで、アヌビスの気持ちがわからなかったから使えなかった、本当の力です」
杖を回転させ、刃をスクナへ、狂気と憤怒に歪む千草へと突きつける。
【こちらと敵巨大魔力存在との差は、こちらが上回っています――あなたと私の力なら、勝てます】
「ふざけたこと言うんやない、ガキィィ!!!」
囚われた木乃香の身体から魔力の光が漏れ、スクナの六つの目が輝く。 スクナの力が増していくのがわかる。だが、ネギには負ける気はまったくしなかった。 正直に言い、本当のことを言われ、色んなことがわかった今なら、何だって出来る!
「潰れされぇ!」
スクナが吼える。
「――アヌビス!」 【ゼロシフト、全魔法兵装、オールレディ・・・】
ネギとアヌビスが、紅の力で迎え撃つ。
【戦闘行動を開始します】
オマケ:
「クラスな仲間が、何人セクハラされたと思ってるの!?」
叫ぶ明日菜の脇をすり抜ける白い弾丸。 それが通り過ぎた瞬間、明日菜の胸を覆う感触が消えた。
「なっ・・・」
「あっしを舐めないでください、姉さん」
【戦闘終了、カモくんの勝利です】
お疲れ様でした
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