実在はすれど実現はせず。 何故ならば、ソレには感情がなく、ただ見るだけの存在だから。 見ることしか、ソレはできないから。 絶対の傍観者。 ソレは、僕達の世界に現れない。 ソレは、僕達の世界に干渉しない。 冷静にただ傍観するだけ。 n+1の世界。 僕達の上をゆく世界。 ソレは、4次元――――時空間に存在するモノ。 ソレが、僕達の目の前に現れようとしていた。
そう。
僕――――ネギ・スプリングフィールドの目の前に。
次元を超えて
「お兄ちゃん……」
という電波娘――――八神ココの言葉に、俺――――倉成武とつぐみはお互いの顔を見合わせた。 小さなアパートの一室で呟かれた言葉は妙にその空間で響いた。
――――――“お兄ちゃん”つまり第三視点、ブリックヴィンケル。
俺には結局さっぱりだったのだが、俺とココを助けるためにいろいろとしてくれた命の恩人らしい。 田中優美清春香菜――――娘である優美清秋香菜と区別をつけるため、優春と呼んでいる彼女に何度も説明を受けのだが、学力のない俺にわかるはずもなく……。 とにかく助けてくれた命の恩人、ブリックヴィンケルに感謝しつつも平凡な生活を楽しんでいる。 そして、何故ココがここに……って、なんだかオヤジギャグになってしまったが、こうなってしまった経緯は至極簡単である。 今でも少し抵抗やら疑念があるのだが……我が息子―――ホクトに会いに俺達の部屋へ来たのだ。 なんでもホクトはそのブリックヴィンケルの器だったとかで、またホクトの体を借りてブリックヴィンケルが現れることを期待しているらしい。 しかし残念ながら我が息子は、ブラコンの妹―――または俺の娘である沙羅に追跡されているのを知らぬまま、恋人である優秋の元へと行ってしまっていたのだ。因みにこの二人、二卵性双生児の兄妹である。如何せん、俺はこの二人が自分の子供ということに実感がわかない。戸籍上の話ならば全く問題ないのだが、俺の体はキュレイウイルスにより老いることをしなくなった。 妻であるつぐみもそうなのだが、肉体的年齢は子供達と非常に近い。年下の友達くらいにしか思えないのだ。 ……最近では、そんな先入観も大分なくなってきたのが、自分の戸籍上の年齢を自覚してしまったようで少し悲しいところだ。 話が逸れたので戻そう。 ホクトがいないからと引き返そうとしたココを引きとめた俺とつぐみは、ココをお茶に誘った。 ココのコメッチョを聞きながらのんびりとしていたのだが、急にココの顔が暗くなり、先ほどの言葉を呟いたのだ。 顔を見合わせる俺達を余所に、ココは、また口を開こうとした、その時。
「パパ、ママ! 大変だよ、お兄ちゃんが!!」
玄関から聞こえてきた沙羅のそんな叫びに、俺達は初め沙羅が何を言ったのか、理解できなかった。
ぼく――――倉成ホクトは、目の前に起きていることが理解できなかった。 目の前にいるのは、赤毛で眼鏡を掛けた少年。何故かスーツ。 その隣には、ぼくから見て右側に髪を結ったセーラー服を身に纏った少女。何故か猫耳。 確かぼくは、優の家で昼食を摂っていた筈。 目の前には優がいて、隣には沙羅がいて。 なのに、何故。
「あ、あの……大丈夫ですか?」
少年がおずおずと話しかけてくる。 歳は――――10歳くらいだろうか。小学生なのは確かだろう。 ぼくは、大丈夫と答えながらも状況を把握しようと辺りを見回した。 足は地にしっかりとついているし、体に変化はない。 ただ、立っている風景だけが変わってしまったような感覚しかぼくにはなかった。 自分の視界に入っている人物の肩越しに白いベッドが見える。
――――病院?
にしては、どこか雰囲気が違うというか……。 右を向けば、窓が見えた。 何故か飛行船が飛んでいる。
「アサホヨシマツリ実行委員会?」
見なれない漢字の羅列。 麻帆良ってなんだ? 見たこともない単語だ。
「マホラです。麻帆良祭」 「マホラ、サイ?」
少女の顔を見て、言葉を繰り返す。 全く聞いたことのない言葉だった。 結局ここは何処なんだろうか。 ぼくは目の前にいる二人に問う。
「あの……ここは何処ですか?」
懐中時計型航時機――――カシオペアの起動により現れた、未来からの来訪者。 彼と同様に困惑する僕達。 信じ難い話だけれど、未来に住む彼はここに迷い込んでしまったのだ。 どの世界どの時代でも共通にある時間軸――――時空間を通って……。
今の西暦は2003年。 2017年ならまだしも、何故何も起こっていないこの世界にぼくは跳んだ? 否、そもそもぼくの肉体がここに跳ぶなんてことがありえないんだ。 ブリックヴィンケルの視点を借りて過去に意識……自我が跳べたとしても、肉体そのものが過去へ行くことはありえないのだ。 なのに―――――
「――――なんでぼくは、ここにいるんだ?」
誰も居ない見知らぬ学校の保健室で呟く。 どういった経緯で、自分がこの世界――――この時間に現れたのか。 わからない。 ただ、わかることは一つだけ。
――――現段階で、ぼくには帰る道がないということだ。
彼の口から出る言葉は、魔法使いの僕でも信じられないものだった。 その中でも特に耳に残ったのが―――――キュレイウイルス。 それは、エヴァンジェリンさんの体質と少し似ていた。
ぼくのお母さんと同じように、不老不死となり太陽光に弱いという人物がここにもいるとは思わなかった。 お母さんは完璧にキュレイウイルスに感染した人間。 それも世界で初めて。 それなのにここにそんな子がいるなんて。 確かに血を吸わないといけないという症状はない。 けれど、もしウイルスが成長したとすれば、話は別。 もし、今目の前にいる少女がキュレイならば――――いや、過去を変えてしまえば、未来は変わってしまう。知っても意味のないことだ。だけど、これに対抗するものが見つかれば……そんなことをぼくは思った。 目の前にいる少女―――エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルさんが、ぼくを睨んでいる。 きっとぼくがお母さんもそういう人間だと言ったことに何かを感じたのだろう。 そりゃそうだ。 ぼくが生きる時間でも、お母さんみたいな人達は奇異の目で見られるのだから。
僕達はホクトさんが何故この世界に現れたのかを調べた。 普通なら時空間に巻き込まれることなどあるはずがないと、超さんが言っていたからだ。 そうなれば、ホクトさんがなんらかの不思議な力を持っていると考えられる。 けれども本人に聞いても知らないと答えるだけだった。魔力も感じられないし、身体能力だって人並み。アスナさんのように魔法を無効化する能力だってない。 なら何故彼はこの世界に現れたのだろうか。 彼から漏れた単語が、僕に衝撃を与えた。
私―――神楽坂明日菜は、ネギが酷く狼狽していることに気が付いた。別にエヴァちゃんの部屋にあるぬいぐるみに恐怖しているなんてことではない。 ゆっくりと左右に振る顔は、青ざめていて必死に何かを否定しているようにも思えた。
「信じられない、と言った顔だな」
エヴァちゃんがそう言う。 ネギをそうさせた倉成君自身も、困った様子でネギを見つめている。 私には、さっぱりだった。
ネギがどうしてそんなに動揺しているのか、 エヴァちゃんの表情がどうして少しだけ硬いのか、 倉成君がどうして悲しげな表情をしているのか 戦いの場とは違う緊張感がどうしてあるのか、
私には、本当にさっぱりだった。 エヴァちゃんの部屋にある古い時計の振り子が規則正しく時を刻んでいる。 その音が、唯一この場を支えていた。 そもそも、この場がこうなってしまったのはたった一つの単語が原因。
「……ねぇ」
私は、その単語を口にした。
「―――――第三視点って、何なの?」
ホクトさんは第三視点の器になった人物だった。 その体は、第三視点の影響により、彼は体ごと時空を超えてしまったということがわかった。 ホクトさんのお父さんと友達を助けるために、17年間もの年月を費やしたという話は僕達にまた衝撃を与える。 第三視点は静観するだけで、僕達の世界に干渉などしないからだ。 彼を喚ぶために過去と同じようなことを起し――――彼がこの世界にいると錯覚させたのだ。 そうして第三視点は“自分”を認識して、この世界に現れるらしい。 それを実現させたのが、ホクトさんとホクトさんの友人達。 魔法使いでも知らなかったこと、できなかったことを一般の人達が実現させたのだ。
「ぼくが元の世界に戻る方法は二つ。一つは、そのカシオペアを使うこと。……もう一つは―――――」
これは、不可能に近い策。 だけど希望を抱かずにいられない策。 ぼくはネギ君達の視線を受けながらもはっきりと言った。
「―――――ブリックヴィンケル。第三視点を喚ぶこと」
エヴァンジェリンさんの家の部屋に響く、ぼくの声。 ネギ君とエヴァンジェリンさんの表情が変わる。 明日菜さんや木乃香さん、刹那さんは僕を不思議そうに見ていた。 たぶん話がよくわかっていないんだと思う。 けれども僕は彼女達に説明する気はなかった。 ぼくは今、帰ることしか思っていないから。
―――――ぼくは、優が恋しくてしょうがなかったのだ。
確実な方法を取るために、僕達はカシオペアを使おうとした。 このカシオペアを使うとなると、学園にいる全ての魔法先生・魔法生徒だけでなく、世界中の魔法使いが必要となる。 僕の魔力では1日が限界だけれど、世界中の魔法使いを集めれば無理ではない。魔法使いの人数は、東京圏人口の約2倍もいるのだから。ただ、触れている全員が時間跳躍してしまうため、行って戻るという作業が少しばかり難点なだけだ。 けれどこれを作ったのは超さん。 魔法先生達に目をつけられてしまっている。 そんな彼女が魔法界でもまだできないことができるカシオペアを作ったとバレてしまっては、どうなるかわからない。 僕だってかばいきれる自信がない。 だから僕は、全てを僕の責任としてカシオペアを使おうとホクトさんに申し出た。 ホクトさんがここに来たのは、僕が原因だから。 なのにホクトさんは――――そんなことをしてはだめだ、と言った。
「未来に跳んでまた帰れるか保証できないし、大勢の人でカシオペアを起動させることによって、別の時空間に行ってしまったり、他の時空間の人を巻き込んでしまう可能性だってあるはずだから」
そんなことを言っていたら元も子もないかもしれないが、超さんに顔を向けて確認すると彼女はしっかりと頷いてくれた。 そして言う。
「可能性は否定できないネ。実際にシミュレーションしても、その可能性は90%以上アルヨ」
そんな……と、ネギ君が一歩後退した。 残酷なことかもしれないけれど、これは紛れもない事実。 それに――――
「これはあまり言いたくないけれど、ネギ君が責任をとったところで、超さんのことをなしにすることはできないと思う」
――――組織というものは、そういうものだ。
時には味方で、時には敵。 しかも敵になれば、酷く残酷な集団である。それはぼくがよく知っているつもりだ。
「きっと、皆を巻き込む。だから、カシオペアは使えない」
はっきりとした口調で、ぼくはネギ君にそう言った。
カシオペアが使えない以上、選択肢は1つしかないとホクトさんは断言した。 他者を巻き込む危険性が最小限な選択。
第三視点―――――ブリックヴィンケル。
彼を呼ぶために、僕達はどうやってホクトさんを騙すかを考えた。 第三視点の器だったホクトさんに、過去と同じ出来事があったかのように錯覚させる計画を立てなければいけなかった。 けれど僕達は、ホクトさんの友達のように長い年月を費やさなければいけないのだろうか。 もっと短時間で、できるのではないのだろうか。 だって僕は、魔法使いだから。
私――――田中優美清秋香菜は、現実を受け入れられなかった。 急に姿を消したホクトをお母さんと調べて、一つの結論がでてきたのだ。 第三視点の器だったホクトは、第三視点の影響を少なからず受け、時空の狭間に連れ去られた。 つまりホクトは、この世界……時間から、姿を消してしまったのだ。
「問題はホクトが何処……いや、何時に跳ばされたか、ね」
お母さんの落ち着いた声が私の耳に入ってくる。 けど私は落ち着くことなどできなかった。 恋人であるホクトがいなくなったのだ。落ちつけるはずがない。 ……つぐみはもっと辛かったのかもしれない。 彼女は恋人が死んでしまったと思って、17年間の時をすごしたのだ。きっと今の私より辛かっただろう。 そう思うと、少しだけ落ち着きを取り戻せた。 現状を確認しよう。 ここは倉成達の部屋に皆いる。今この場にいるのは、ホクトを除く第三視点を召還させたメンベー全員が揃っていた。あまり広くないアパートの一室なせいか、少し窮屈だったけれど、皆テーブルを囲んで座っている。 倉成武を演じた桑古木涼権やAIでありながらも実体を持つ茜ヶ崎空も当然いた。
「ココ、なんとかならないのか」
倉成がピピをいじっているココにそう問う。 けれどもココの表情は暗かった。ピピをいじっているのも、それを誤魔化すだけだったようだ。 皆が首を垂れる。 何処に跳んだかわからないホクトをどうやってこの時間に戻すというのだ。
「くそっ、成す術なしか……」
倉成の苛立った声が部屋に響く。
「お兄ちゃん」
マヨ―――沙羅が、寂しそうに呟く。 皆がもう駄目だと諦めた時、
――――――光が、私達の視界を覆った。
「な、なんだ!?」
倉成の声。 皆が口々に何か言っているのがわかった。 音しかない、真っ白な世界。 真っ白な世界は、少しずつ消えていくと……
「誰!?」
つぐみの声と同時に、皆は座布団に足を捕らわれながらも立ちあがった。
目の前にいる者に気が付いて。
ベージュのフード付きコートに長い杖。
「ここは、何年ですか」
低い声で、そう問われる。声色からして、男だった。 青年は、ゆったりとした動作でフードをとり、私達に顔を見せてくれる。 赤毛だけれど、生え際はこげ茶の髪だった。 小さな丸い眼鏡が、生真面目そうな印象を受けさせている。
「……2035年だけど」
震える声で、倉成が言う。 青年は、よかった、と微笑んだ。……少し幼く見える。 そして、信じられない言葉が彼の口から出てきた。
「――――あなた方は、倉成ホクトさんという方をご存知ですか」
少しずつだけれど、僕達の時間軸は近付いていた。
僕とホクトさんの時間。
いや、近付いているのは、事実かもしれない。 もし事実でもないとすれば――――四次元。 第三視点の世界。
「もし、ネギ君のお父さん―――――ナギ・スプリングフィールドが、実在しない人間だったとしたら?」
このカシオペアという存在が全てを否定し、肯定していた。 それは今だ不確定だけれど、確認してしまえばわかってしまう。
否定か肯定か。 嘘か真か。
「超さんに誘われるがまま、ネギ先生が過去に向かって行ってしまったら……」
親子とは言えど、似すぎる二人。 年齢が違うからわからなかったが、年齢詐称薬を飲んだときのネギと修学旅行で手に入れたというナギの写真は、双子かのように似ている。雰囲気が違うように見えるのは、表情の違いだ。よく見れば、本当に二人は瓜二つだった。
「そして過去を変えてしまったら……世界は、矛盾し始めるんじゃないかな」
そこから全てが始まったとしたら。 過去を変えれば、今……未来が別のものへと変化する。 ぼくは、その変化した未来として現れた“異物”なのではないのだろうか。 この場にネギ君はいない。 いるのは、エヴァンジェリンさんだけだ。 ぼくは彼女を見る。
「ほう、面白い仮説を立てるな」
にまりと笑う彼女は、本当に面白いといった感じだ。 そんな彼女に苦笑を漏らして、声を絞り出した。
「ぼくがここに現れた原因は、たくさんありすぎるんだ……」
カシオペアを超さんに預け、ホクトさんの時のように他の時間に生きる人を巻き込まないよう、調整してもらうことになった。 カシオペアを使い、過去に跳ぶことでもう一度同じ体験をさせる。 短い時間跳躍なら、僕一人でも十分可能だ。 そしてブリックヴィンケルさんを喚ぼうとした。 けれど僕達は忘れていた。 この計画には、大きな問題点があると。
「――――駄目だ」
ネギ君たちは気が付いていない。その計画には大きな問題がある。 時間跳躍をして過去に戻るということは……
「……過去の自分がいる」
もう一度ぼくが体験すべき事柄は、過去の僕が体験している。その過去のぼくの体験を奪って現在のぼくがしてしまえば、矛盾が生じて過去にぼくが体験した事柄は消滅してしまう。 過程が消えてしまうのだ。また新たな矛盾を産んで、ぼくみたいな人が出てくるだけである。 そうなれば、ブリックヴィンケルを喚ぶことなんて不可能。 つまり、この計画も駄目なのだ。 どうすればいい。
どうすれば、ぼくは優たちのところへ戻れるんだ――――!!
苛立ちが思考を邪魔する。 何故ぼくがここにこなくてはいけなかったんだろうか。
もう術は、諦めることしか残っていないのかもしれない。
諦めることだけはしたくなかった。 これは僕が招いたことだから。サウザンドマスターの息子である僕が、誰かの人生を不幸にさせるなんて赦されない。 僕は、偉大なる魔法使いになるのだ。 それなのに誰かを不幸にすることなんて赦されない。絶対に、赦されない。 たとえホクトさんが諦めても、僕は諦めない。 自分がしたことには、きちんと責任を取らなければいけないのだ。 僕は調べ続けた。
そして、やってくる。
近付く時間軸。 浮き彫りになる事実。 重なる視点。
「僕は――――――ネギ・スプリングフィールド」
何故ぼくがここに来たのか。 そもそもぼくがいる世界は、本当に2035年の過去なのか。
次元は無数にあるとすれば。
ブリックヴィンケルがいる4次元のようにぼくの世界とネギ君の世界はどこかの次元にあるのではないのだろうか。
「ぼくは――――――倉成ホクト」
「あなたは、ここの“点”になるんです」
テーブルから下りた青年が、俺を指差しそう言った。
「点……?」
頷く青年。 聞けば、俺は2017年ではブリックヴィンケルの“視点”となっていたらしい。 それは優達も肯定していたので嘘ではないようだ。
あちらの世界にホクトがここの世界には俺が。
「僕が世界を繋げて“道”を作ります。そして――――ホクトさんをあなた達の元へ、お返しします」
青年は、魔法使いだと言った。 そんなデタラメな話を信じるのに、時間は必要なかった。 彼が取り出したのは、1通の古びた手紙。 開けて見てみれば、ホトクの字が並んでいた。 それだけではない。 彼が取り出したボイスレコーダーには、ホクトの声が入っていた。少しだけ声色が低かったが、確かにホクトの声だった。そのホクトの声は、彼の指示に従って欲しいと俺達に言っていた。 そして俺達は知る。
―――――ホクトがあちらへ行ってしまった理由と戻るための計画を。
「俺は――――――倉成武」
ネギ・スプリングフィールドの世界の6年前。 街を救うため、未来のネギ・スプリングフィールドはナギ・スプリングフィールドの名を名乗り、過去を変えた。 故にナギ・スプリングフィールドを名乗ったネギ・スプリングフィールドは消え去り、彼の世界に矛盾が生じた。 ナギ・スプリングフィールドを名乗ったネギ・スプリングフィールドがいなくなれば、街は壊滅され、また世界にナギ・スプリングフィールドを名乗るネギ・スプリングフィールドが現れてしまうからだ。 ボクだって倉成武と八神ココを救うために17年間、二人をハイバネーション<冬眠>状態にさせたのだから。そうすることで、二人が17年前に救えず、ボクが喚び出される条件ができる。 いや、元々世界はそうなっていたのかもしれない。 起こった事を変えることなどできない。 故に彼の世界はループを始めた。 ループに巻き込まれて、次元が混合していく。
そして静かに、けれど確実に視点は重なっていく。
世界は無数に。 視点も無数に。
だからこそ自分は、この美しい世界“達”を視ることができる。 ボクは、視ることのできる全ての世界が好きだ。 だから―――――
「――――――さぁ、行こう」
――――――全てを直しに。 それができるのは、きっとボクだけだ。
「ボクは――――――ブリックヴィンケル」
ネギ・スプリングフィールドの世界。 倉成ホクトの世界。 ブリックヴィンケルの世界。
全てが重なり、全てが繋がる。
事実も、 時間も、 視点も、 世界も、
全てを直すために今、動いている―――――――
倉成武は、目の前の青年に問う。
「あんた、名前はなんて言うんだ」
青年は、小さく目を見開いたかと思えば、自嘲気味な微笑を浮かべた。 そして、答える。
「僕は―――――いや、俺は……ナギ・スプリングフィールドの“偽者”。 世界に矛盾を作った、醜くて卑怯な魔法使い。 そして、ブリックヴィンケルに消してもらう、世界の“異物”だ」
――――――過去を変える。そうすれば、未来は変わる。 けれど、その変わった未来が出来るべきして出来た未来かもしれない。 未来は、不確定なもの。 どんなに変えたところで、その未来は1つだけ。 故に、この物語も―――――出来るべきして出来た、たった1つの物語。
「結局、未来なんてブリックヴィンケルさんにだってわからないんです。なら僕達は、“今”を精一杯、全力で生きるしかないんですよ」
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